20代で婚活に踏み切ったブログ

20代半ばで縁のない環境に見切りをつけて結婚相談所に入会しました。婚活のアレコレを綴ります。

実は婚活は相手が何を提供してくれるかで結婚相手を選ぶ活動ではないんじゃないか

前回のお知らせ、いろいろなかたからコメントをいただいて本当に嬉しいです。(花嫁姿、ちらっとね、ちらっとならお見せしますよ!。)

なぜ婚活が終わったらブログをやめようと思っていたかというと、たった一つの自分の成功例をさも一般論のようにして講師みたいになっている方のブログや文献を活動中に読むととてもしんどいものがあったところが大きいです。
こちらが活動中で、そういったブログや文献の書き手が既婚者である以上、考え方はいろいろよね~とスルーするのも難しかったです。
うちの結婚相談所は原則異性が担当に付くと聞きましたが、それも「あなたこれはこうするもんよ」と過度な一般化と行き過ぎたアドバイスを防止するためだと聞きました。たいへん理にかなっています。
ただ、"これは偶然運良くうまくいった一例であり、一般化できないものだ"という意識が自分にはっきりとある以上、前述の講師モドキになる危険性は少ないし、様々な意見がネット上に転がっているほうが、これから婚活に挑む人にとってそれぞれうまく助けになるのではないか…と思ったので、引き続き書くネタが降りてくる限りは婚活についていろいろ書いていこうかと思います。

あと、検索で初めてたどり着いた方向けのナビゲーション的ページとして、悩みや婚活の展開別に記事をまとめたページがひとつあってもいいかな、と思っています。ちょっとテコ入れしようかな。

さて、振り返って結婚相談所での活動について考えると、活動の意味についての解釈は結構大事だなと思ったので書いておきます。

婚活は相手が何を提供してくれるかで結婚相手を選ぶ活動だと思われがちですが、本質としてはそうではなく、自分が何を提供できるかで結婚相手を選ぶ活動だったんじゃないかと思います。
それは女性なら若さ、美しさ、かわいらしさ、うまいメシ、身体、男性ならお金、包容力、マンパワー、知識、対外的交渉力など、男女を問わないところなら安らぎ、受容、子孫、ファッションセンス、コネクション(人脈)、地位、等々かもしれません。
(あえてオブラートに包まずダイレクトに書いてますし、ジェンダーバイアスが入ってますが、例ですので悪しからず、、)
多くの人が結婚相談所の入会のとき「どんな方が理想ですか?」と聞かれます。だから自分が相手にどんなものが欲しいかで選ぶものなんだと解釈してしまうわけですが、あれは「自分が提供できるものとそれを必要とする人の層がある程度一致しているか否か」の確認であって、結婚相談所は「自分が希望するものを提供してくれる相手を探してくれるサービス」ではなく、「自分が人生のパートナーとして提供できるものを探している人、を紹介してくれるサービス」なのです。

よく婚活で『妥協しろ』というアドバイスがあります。これはそのままの意味で取ってももちろんありですが、『あなたの釣り場は悪いぞ』という意味でとったほうがより近いと思います。あなたがもし魚の釣れない場所で釣りをしていたら「そこ魚いないっすよ、あのあたりならよく釣れますけど」と常連さんやプロの人などが教えてくれるでしょう(といっても、私釣りやったことないので推測です。そういうの教えてくれるおせっかいおじさん、たぶんいるよね)。
それと同じで、他人から見てあなたが希望している相手が結婚相手に必要としている能力などを、残念ながらあなたは持っているように見えませんが…というお知らせなのです。これを無視すると婚活ガチャ爆死おじさんorおばさんが爆誕します。年収1000万以上の男性にはそれ相応の何かを提供できる女性を求めていますし、美人で若い女性はそれ相応の何かを提供できる男性を求めています。

別に婚活に限った話ではなく、自分に何が得られるかよりも人に何ができるかを考えている方が、人生豊かだと思いますし、自分のことばかり考えている人より、いろいろ人のことを考えたり面倒を見たりする人のほうが魅力的に見えます。
あなたとあなたの交際相手(結婚相手候補)をひとつの団体として考えたときに、あなたといることで交際相手は広がりを得られそうですか?ああ、一緒にいてよかったなあと思ってもらえる瞬間がありそうですか?そうでないとしたら、いったい何が原因でしょうか?等々、考えてみてもいいかもしれません。

完全に蛇足ですが、親子でない関係性のなかで利他の考えをもつのはほとんど人間のみです。利他の考え方は、人間が集団で生きていくうえでの知恵のひとつです。他から何かを奪ったり競争したりして個体を生き残らせるのは犬猫でもできます。利他はそれ以上に高度で、それ以上になにかを生み出すから、世界中のさまざまな宗教でだいたい尊い精神として扱われているし、難しいからこそ、その精神が大切だと言っているんだと思っています。
要するに人のことばかり考えるのはとっても難しいということです。だから上記の部分を読んで「んなこと考えられるか」と思ってもそれが普通です。でも、結婚とはある意味自分自身のコミュニティを広げることです。家族が増え、親戚が増え、友達が増え、子供もできるかもしれません。広がっていくコミュニティのなかで、利他の考え方なくして生活していくのは不可能に近いと思います。

また、結婚することによって、あなたに何がもたらされるかというのは、正直はっきりわかりませんし、変えることは難しいですが、自分が何を提供できるかは、はっきりしていて自分の意志で変えることができます。

…と、書いたところで、爆死おじさんorおばさんが爆死しなくなるかと言われるとそれはないかなと思いますが。一応、書いておきました。